先日グラフィッカさんとWeb記事でゲーム機の中にiPhoneが並んでるのに違和感を覚えるみたいな話をしていて、苦笑しながらも切実な思いとなる。一方ではソーシャル・ゲームの話が盛り上がっている。ゲーム会社はプラットホーム化をめざす国内ソーシャル系に乗っかり、またそれがFacebookに乗っかろうとしていたりする。色々と世界標準な流れに乗り遅れている日本だが、少なくとも創り手と自負する者は冷静に状況を見極めたほうが良いと思う。
今になって始まったことではないが残念ながら良い物を創れば必ず報われるという市場ではない。だが、ユーザーに直接に問える可能性は格段に高くなってきた。状況は閉塞から混沌へと移り変わっただけのようにも見えるが、創り手自らが活路と納得できるアイデアに対して旗を立てても良いのではないか。時の奔流に身を任せるだけでは結局飲みこまれてしまうのではないか。
我こそが次シーンの勝ち組にならんとガラパゴスの中で息巻くだけではなく、日本という枠組みをとっぱらい世界のユーザーと対すべく意気込むべきだ。その上で、日本のゲームが存在感を示すことができたなら、その状況は現実的にも好ましいに違いない。
ゲームの未来については言いたいことは沢山あるが、この変革に対しては創り手として黙々と積極的に取り組んでいけたらと思う。そして、旗を立てることだ。
我の黒船を海の向こうへ

